42★離婚を決意
- oyakowotanoshimukaunsera
- 2025年2月25日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年5月20日
3人を学校に送り出し、布団を頭にかぶり、大声で泣き叫びました。
○○ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
泣いても泣いても、叫んでも叫んでも、気が済まない。
自分を責めても、責めても、気が済まない。
それでも、大声を出さないと、おかしくなりそうだった。
何で、パートなんてしちゃったんだろう、、、。
ずっと家にいてあげてれば、、、。
何ですぐに、仕事から帰らなかったんだろう、、、。
すぐ帰ってくればよかった、、、。
その日の自分の行動全てを憎み、自分を責めました。
仕事に行くと、仲良しのパートさんも、事件の事をメールで知っていました。
それが、我が家の事だと伝えると、子供の事、私の事まで凄く心配してくれました。
それなのに
お店のオープン準備中
旦那さんからの着信があり、電話に出ると
凄い怒りながら
お母さんが泣いて電話してきたぞ!
○○が、私には何も話してくれない!
何で、うちのお母さんには話さないんだよ。お母さん泣かせるなよ!
オープン準備中なのに、涙が溢れでてきました。
やっぱり全部私がいけないんだ。
悲しい、悔しい、お母さんが1番?私の気持ちは?
昨日の今日だよ、、、。
すぐに帰ってきてくれなかったのに?
仕事終わり実家に行ってたくせに、何で私の口から報告しなきゃいけないのかな?
口に出す事もしんどいのに、、、。
本当は実家の両親にも伝えたくなかった。
仕方なく、伝えるしかなかったのに、、、。
いろんな感情が、込み上げてきて
もう無理、一緒にいたくない、、、。
夜になり、旦那さんに、詳しく内容を説明した後
昨日、大丈夫って言ってたからって言われた。
大丈夫なわけないよね?
それなら、大丈夫じゃないっていいなよ!
自分の親には話したのに、うちのお母さんに何で話さないんだよ!
実家に行ってたから何があったか知ってるのに、また話さないといけないの?
泣きながら、息子にそんなことを言う義理の母の気持ちも分からない。
自分の事しか考えていない環境が、もう限界だった。
それからしばらく、布団をかぶって泣き叫ぶことが、朝の日課になった。
それと同時に、パートの日数を増やして、離婚に向け資金を貯めようと心に決めた。
そこから離婚までの2年間、たくさん仕事をした。
離婚の決意を更に強くした、2年間の様子は、次のブログに載せますね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
次のブログも読んで頂けると嬉しいです。





コメント